まほらの天秤 第24話 |
「・・・あれ?」 屋敷へ戻ってきた僕は、違和感を感じた。 いつもなら森から戻ってくると、すぐにユーフェミアが駆け寄ってきていた。 でも、今日は彼女の姿が何処にも見えなかったのだ。 シャワーで汗を流し、すぐに探し始めたのだが、探せば探すほど違和感が募る。 ユーフェミアだけではなく、いつもいるコーネリアとギルフォードがいない。 この時間なら訓練しているはずのラウンズ達もいない。 最近は庭のバラを描いていたクロヴィスもいない。 使用人以外、誰の姿も見えなかった。 間もなく食事時だというのに、食堂にも誰もいない。 何かあったのか、通りかかったメイドに聞いても「特に何もありませんスザク様のお昼はご用意しております」としか言ってこない。 僕のお昼は用意している? 他の人たちの分は無いということか? 急な用事で全員が外出を? ざわざわと、心がざわめいた。 嫌な予感がする。 なんだ? 何かあったのか? 僕にだけ、何も言わないで。 僕にだけ? 僕に言えない事か? なんだ?何があった? 焦る気持ちに急かされて、誰かいないかと探して庭園に出た時、個々には不似合いな臭いに気づき、辺りを見回すと彼の住む森の方向にありえない物が見えた。 「・・・え?」 見間違いか?とよく目を凝らしてみるが、やはり見える。 もくもくと立ち上る黒煙が、風に流れて空へ消えていく。 黒煙。 「なに、あれ、・・・なんで!?」 意味が、解らなかった。 森の中で煙。 火。 彼の住んでいるあたりで。 火事。 事故。 火傷。 思考が停止しかけた頭が現実を理解した瞬間、全身に鳥肌が立った。 彼の家が燃えているんだ。 いや、燃やされているんだ。 あの火傷を負った時のように。 急がなくては。 そう思い駆けだそうとした時。 背後から声を掛けられた。 「枢木スザク・・・今は岸野と言ったか」 覚えのある声だった。 記憶の奥底にあったその声のイメージが脳裏に浮かび、思わずびくりと体が震えて慌てて振り返ると、そこには白髪を短くそろえた壮年の男性が立っていた。平均をはるかに超える長身に、年齢に不釣り合いなほどがっしりとした体躯、そのどれもが記憶の中にあるものだというのに、スザクを見つめるその瞳は見たこともないほど穏やかで、全身から威厳と貫録を醸し出してはいるが、何処か優しさをも漂わせていた。 そう思いながらも、やはりこの人は間違いなく記憶の中にある人物だと理解する。 外見は髪型と服装以外は、記憶そのままだ。 そのままだというのに全くの別人に見えるほど気配が違う。 威圧感のある見た目に反して温和で穏やかな人物に見えるのだ。 その雰囲気に引っかかるものを感じたが、それが何かは判らなかった。 「やはりそうか。見つかったとは聞いてはいたが、なかなか戻れなくてな。ようやく会う事が出来たか。それにしても、他の者たちはどうしたというのだ」 柔らかな声で、98代皇帝の生まれ変わりであるシャルルは辺りを見回した。 他の者、つまりユーフェミア達を示しているのだろう。 「・・・解りません、が、ごらん下さい、恐らくは、火事です」 たどたどしい口調で、僕はシャルルに森を指さした。 嘗て自分が使えた主の一人。 その姿が神の御下で掻き消えた姿が不意に重なる。 あの日の光景が、鮮明に思い出された。 動揺するなと言う方が無理だろう。 火事といった途端、シャルルの目は大きく見開かれ「まさか」と、声を漏らした。 「スザク話しは後だ、ジェレミア消防車の手配を!ビスマルク車を出せ!」 シャルルの後ろに控えていた二人はその言葉に従い、一礼した後身を翻した。 「スザク、着いて来い」 「どこに、でしょうか。自分は今すぐあの場所へ」 「儂もあの場所へ向かう」 険しい表情で、シャルルは黒煙の上がる森を睨みつけた。 この反応、シャルル達はこの家事とは無関係なのか? だが今はそんなことはどうでもいい。 早くルルーシュの元へ行かなければ。 「申し上げにくい事ですが、自分一人で走った方が早くあの場所へたどり着けます」 体格がいいとはいえ、運動が得意とはあまり思えないこの老齢な紳士を連れていけばどれほどの時間がかかるか。 自分一人なら30分かからず辿り着ける。 それでももう遅すぎるぐらいだ。 今すぐにでも駆けだしたい衝動を抑えそう告げると、シャルルは「何を言っておる」と、呆れたように言った。 「走っていくよりも、車の方が速かろう」 「車で?あの場所へ車で、ですか?」 あんな森の中を、獣道しかない場所へ車で? 「あの近くまで車が通れる道は用意してある」 でなければ、どうやって建築資材を運ぶというのだ。 言われてみればその通りだ。 あの家を建てるための資材もそうだが、建築すると言う事は、工事を請け負った会社の手が入っているという事なのだ。 それらの人たちが移動するために使用した道。 月に一度彼の元に食料を届けている人物も車で移動しているという。 「来い、枢木」 シャルルは身を翻すと、足早にその場を後にした。 「イエス・ユアマジェスティ」 シャルルの命令に、反射的に騎士の礼を取っていた。 |